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十夜ヶ橋・永徳寺大師堂 別格8番
(とよがはし・えいとくじだいしどう)
弘法大師 御野宿所
愛媛県大洲市
永徳寺大師堂
弘法大師 御野宿所


御詠歌「ゆきなやむ 浮き世の人を渡さずば 一夜も十夜の橋と思ほゆ」で有名です。駐車料は無料です。

<四国別格二十霊場会>のサイトより
略縁起 『今を去ること一千百有余年の昔、弘法大師は衆生済度大願のため四国の各地を行脚し給い、当大洲地方をも御巡錫になりました。当時この地方は未開のこととて、村落人家至って少なく且つ農繁期にて、宿るに家なく、途中に日暮れて空腹のまま一夜を小川に架けたる土橋の下に野宿され、夜の明けるのを待ちかね給い、一夜も十夜の長さに感じられました。かかる艱難を受けられるにつけても衆生済度の念願は愈々切なるものとなり、御身の苦しみをば忘れ給い生死の六道に生き悩む衆生をして早く信仰の橋を渡らし、速に常楽の彼岸に至らしめんと大悲の御心をは、

 生きなやむ 浮き世の人を 渡さずば 一夜も十夜の 橋と思ほう

と詠じられ久万菅生山に旅立たれました。それより十夜ヶ橋という名が起こったと伝えられています。又、遍路が橋の上を通る時、杖をつかないという風習はこの話から起こったものです。』 (以上)

●「四国別格二十霊場会」のサイト:
    http://www.bekkaku.com/map/08.html

なお、「愛媛県生涯学習センター」のサイトには『十夜ヶ橋の由来については、一般的には、弘法大師にとって一夜の野宿が十夜にも思うほどであったということから起こったと伝えられているが、十夜ヶ橋は実は都谷橋(とやはし)であったのが、弘法大師の伝説と結びついて十夜ヶ橋の文字を当てるようになったという説もある。』という解説もあります。

●「愛媛県生涯学習センター」のサイト:
    http://ilove.manabi-ehime.jp/system/regional/index.asp?


サイトによると永徳寺の本坊(本尊は千手観音)は1.5kmのところにあり、この建物は境外仏堂(通称:十夜ケ橋 本尊は弥勒菩薩)だそうです。堂内でお参りすることができました。


大師堂


弘法大師 御野宿所 /「弘法大師が野宿修行されたこの橋の下で 私達も野宿してお大師様の遺徳を偲び御加護に浴するため この場所を四国霊場唯一の野宿修行道場にいたしました 野宿修行を希望される方はゴザを用意してありますので納経所までお申し出下さい 大阪八十八会」との案内がありました。機会があれば(騒音対策をして)野宿を体験したいものです。


十夜ヶ橋の国道56号、その上には松山自動車道が重なります。「橋の上では金剛杖をつかない」という風習の起源もあり、バイクは押して渡ろうと考えていましたが暑さに負けて走り抜けてしまいました。