現在の札所は南光坊ですが、明治の神仏分離までは別宮大山祇神社(べっくおおやまづみじんじゃ)が札所だったそうです。別宮大山祇神社は大山祇神社(大三島)の参拝の不便を解消するために創建された(大宝3年(703)あるいは和銅5年(712))そうです。
「古今御朱印研究室/四国八十八ケ所」のサイトによると『古くは大山祇神社が札所で、別当の神宮寺が納経を司っていたようである。江戸時代初めの澄禅や真念も、本来は大三島に渡るべきところだが、前札所として別宮に参拝するとしている。』とのことです。大山祇神社のかつての24の塔頭(たっちゅう)は、8坊が別宮大山祇神社に移され、現在は別宮の南光坊と大三島の東円坊のみが残っているそうです。
●「古今御朱印研究室/四国八十八ケ所」のサイト:
http://goshuin.ko-kon.net/shikoku88/055_nanko-bo.html
●
関連するページ: 四国の行場めぐり >
別宮大山祇神社
横殿宮跡
大山祇神社
▲
本堂
▲
大師堂
▲
山門