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行場としての野路山(野呂山)
・野呂山について
・野路山と弘法大師
・参道を探る
・行場を探る
・明けの明星を探る
四国の行場をめぐるうちに、弘法大師が修行されたと伝えられる野呂山(のろさん、広島県呉市)の弘法寺について、行場としても再評価したくなりました。それは、岩窟がある(籠ることができる)、800mの標高から海が見える(海のかなたの常世を拝んだり聖火を焚く行に適している)、東から南の方向が開けている(求聞持法/ぐもんじほう、が可能である)、などの条件がそろっているからです。「真正の霊場には必ず行場がある(『四国遍路の寺』)」ことを野路山(野呂山)で確認したいと考えています。
浄土真宗の地域でありながら大師信仰が息づいています。四国以外では姿を消したといわれるお接待の文化も受け継がれています(ありがとうございます)。
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伊音城・弘法寺(いおんじょう・こうぼうじ) / 堂宇は東向き、南側は断崖、北側は岩山です。
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奥之院部分 / 奥之院の岩屋を覆うように造営されています。弥谷寺(いやだにじ、香川県)の獅子之岩屋(ししのいわや)を連想させます。右手(東側)に本堂が連なります。
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奥之院の岩屋
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境内から瀬戸内海、四国を望む /
右手の屋根は鐘楼、弘法寺の標高は約760mです(駐車場の案内より)。四国霊場の大瀧寺(900m)や雲辺寺(同)、出石寺(800m)に次ぐ高さです。宮島(厳島)の弥山は約500mです。高さを競っているのではありません。海岸からそそり立っているという点で際立っています。眼下には安芸灘(とびしま海道)が広がります。条件のよい日には中央あたり(東南の方向)に石鎚山が遠望(遥拝)できます。
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境内から瀬戸内海、四国を望む(南の方向)
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奥之院の背後から東方を望む / 奥之院と本堂は東方を正面にしています。東から南東(さらに南)が開けています。「明けの明星」が姿を現す(らしい)方角になります。
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観世音岩札所(五番札所)を過ぎて仁王門方面を振り返ったところ。魅力的な参道です。以下、探索中に出会った岩などを紹介します。
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野呂神社(のろじんじゃ)裏の岩。野呂神社にお参りした際、裏手の山道が気になり踏み入ると、そこには頭部をのぞかせたような岩が待ち受けていました。小さな岩ですが、曲面に覆われた姿は尋常ではなく、迫り来るその存在感に合掌せずにはいられませんでした。
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野呂神社への参道
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野呂神社 / 1963年(昭和38)に現在地に移築されたそうです。
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石鎚山遥拝所より / 野呂山の麓にある「石鎚神社・安芸川尻遥拝所」(注)にお参りして石鎚山を確認しようと振り返ったところ、目前の瀬戸内海に直立した虹が現れました。いたく感激しました。
(注)「石鎚本教石鎚神社・神畑遥拝所」ではなく、もう少し下にある別の遥拝所です。